◆ SVニュース26号を発行しました

3月14日、当会会報「SVニュース26号」を発行しました。右のアイコンをクリックしてご覧いただけます。印刷物をご入用の方は「info.chibajicasvob@gmail.com」まで連絡ください。

トップページ「SVニュース」からもご覧頂けます。


◆ 帰国報告会を開催しました

2月18日(土)13:30~16:40、第22回帰国報告会を柏市のアミュゼ柏で開催しました。一般市民22名を含めて50名の参加があり、充実した報告会となりました。

報告会は渡辺幹事の司会で開会し、当会渡邊会長の挨拶に続いて、来賓のJICA東京国際センターの杉村氏からご挨拶をいただきき、帰国者4名の報告に移りました。


渡邉会長

JICA東京国際センタ
杉村氏

各報告の紹介

信清 裕人 氏 「プノンペン通勤風景二題」

2014年6月までの2年間、カンボジアの首都プノンペンにある民間航空庁という役所で、航空統計を指導する活動をしました。健康維持のため、毎朝約20分の徒歩通勤です。当時、市内に公共交通機関はなく、現地の人は、車かモトと呼ばれるオートバイでの通勤です。日本の中古車が大人気で、ガソリン価格は日本より少し安いだけですが、何故か、大型のSUV車が普及しています。企業やお役所がガソリン代を負担(補助?)しているからでしょうか。また、郊外に行くと路面が悪くSUVの効用を納得します。車とモトによる通勤ラッシュは、アジア諸国でお馴染みです。時々、自国の大臣、諸外国の外交官、経済支援国からの外交団と思しき人を乗せた車列が、警察車両に先導され、渋滞を横目に、反対車線を猛スピードで走り抜けます。一日に数度となくお眼にかかる光景です。突然の通行規制によって交通は一時大混乱となりますが、頻度が多くて慣れているのか、これで無償の資金援助を受けることができるならお安いものと諦めているようにも見えます。

プノンペンでは、5月からの半年が雨季です。日本の梅雨と違い、ほとんど毎日、午後に一回、ゲリラ豪雨があります。傘や合羽は役立たず、雨宿りが一番です。約1時間の土砂降りの後は猛暑に戻りますが、道路が膝まで冠水し更に1時間は歩けなくなります。毎日、午後3時頃になると、雲行きを確認し、「今のうちだ」と職場の仲間に聞こえよがしに声を高め、早々に職場から退散して帰宅した日々を思い出します。


久保 治夫 氏 「防災計画(土木)」

ジャマイカの国家防災庁で防災計画(土木)の業務を行いました。ジャマイカは、ブルーマウンテンコーヒー、ボルト、レゲエ音楽等でなじみのある国です。自然が美しく、産業は主に観光業・鉱業・砂糖・バナナ等の輸出ですが、海外移住者からの送金が経済に大きく貢献しています。何事にもクヨクヨしない国民性ですが貧富の差が大きく、路上生活者も多く、女性の社会進出が盛んです。

活動により、二つの大きな成果が生まれました。

① 防災マニュアルの作成・配布・販売ジャマイカ初の総合的な防災マニュアルを作成しました。原案作成後は、多くの関係機関にレビューを依頼し、内容も充実し、質の高い、ジャマイカに合ったマニュアルが完成しました。また販売も行い一部をホームレス支援に使用しています。大臣・大使出席による披露セレモニーをしていただき、第3回国連防災世界会議にも出展し、カリブ地域17ヶ国にモデルマニュアルとして配布しました。

② 排水設計ガイドラインの作成・披露・施行宅地開発業者が提出する排水設計書は問題点が多かったので、既存の排水設計ガイドラインを30年ぶりに全面改定しました。質の高い新ガイドラインが完成し、3大臣出席の下での、披露セレモニーが盛大に行われ、新聞・テレビ等で大きく報道されました。公共事業庁(NWA)のホームページにも公開されています。

お蔭さまで、上記の成果により第11回JICA理事長表彰(2015年)を受賞しました。多くの広報活動も行い、ジャマイカ・ブータンの活動報告、国連開発計画でのプレゼン等がインターネットで検索出来ます。


濱崎 丘 氏 「国際交流の現場」

平成26年9月から2年間チリのカレラという自治体で活動してきました。チリは南米の細長い国です。巨石像が立つイースター島もチリ国です。チリの首都はサンチャゴで、任地は首都から約100km離れた北西部に位置しています。

活動は短・中・長期の目標を立てました。短期目標は任地のゴミ処理活動としました。私は職員の活動をカメラで記録し、それをデーターベース化しました。中期目標は公害問題としました。公害だと危惧されている寒天工場からの排水を先ずは水質データを取得しそれを分析しました。その後チリの工場と輸出入の関係がある長野県の会社との打合せを、健康管理のため一時帰国した際に実施しました。翌年同社の幹部がチリを訪れた際、チリの自治体(官)、工場(民)、大学(学)の関係者が一堂に会した会議を開き、工場からの排水は海藻から寒天原料を抽出する際の水で公害ではないとの結論を得ました。キャパシティデベロップメントの観点からも公害問題には今回同様、連携プレーが重要であると再認識しました。長期目標は中古タイヤの再利用等5種類の課題を検討し提言しました。

文化の違いについては同僚との合奏で考えさせられました。私はハーモニカ、同僚はギターとボーカルの担当です。私は楽譜が音楽と思っていましたが、同僚は子供のころから聞きなれた絶体音が音楽なのです。この食い違いに驚きました。日本語初体験の同僚が日本語を丸暗記して歌うという意気込みにびっくりしました。当日は上手な日本語で彼は歌ったのです。こうした経験を通じて、「国際交流」という言葉の奥には、克服しなければならない多くの課題と努力が在ると改めて感じました。


羽計 諟 氏 「JICAボランティア活動報告」

メキシコのオアハカ州内の村々で「一村一品運動」を含め、地域経済の振興を支援する取り組みをそれぞれの現地事情に合わせた手法で行いました。

1か所目は地元民が思い入れのある手工芸品を家族総出の作業で作っていました。ここでは、「既存産品の販売促進」を目論みました。製品をより多く販売できるよう商活動の初歩ともいうべき事柄(例えば、利潤を得るためには?新たな販売チャンネルの構築、帳簿の活用等々)から講座を始めました。個別相談や、他の様々な側面支援も試みましたが、それには興味がなかったのかついてきてくれませんでした。

2番目の村では一村一品運動(OVOP)の展開を試みました。「OVOPの進め方」などのガイドブックを作成し村の人々に配布しつつ、OVOPの概念や期待される効果などを村民に説いて歩きました。そしてリーダーと数人の推進者の育成を図りましたが、現地の人々の共同事業への関心の低さから適任の推進者を見つけられませんでした。結局、彼らが求めていたのは金銭的援助でした。中南米諸国は援助慣れしており、「魚を与えるのではなく、漁法を教えろ」的な考えは通用せず、口では言わなくとも期待されていたのは魚でした。

今までボランティアとして行ったコスタリカ、アルゼンチンやメキシコでの私の経験では、少なくとも私の案件に関しては、現地受け入れ側はボランティアを必要とはしておらず、カウンターパートは名前だけのものでした。地元に詳しい人をアシスタントにつけてくれることもなく、新たなプロジェクトを始めるにあたっても予算はなし、机とパソコンを用意してくれただけで、SV一人で案件を推進してゆくことが前提でした。ボランティアを受け入れた理由として、受け入れ側の負担がないことや日本でのJICA研修への派遣、一部経費の援助や物品の提供などを期待してのことだったと思われます。


◆ 柏第八小学校で「ブータン王国とは」の出前講座を行いました

1月25日、柏第八小学校にて6年生118人を対象に、三輪達雄会員による講座が行われました。ブータンの正装である「ご」を着ての登場は、それだけでブータンという国の雰囲気が出ていました。

話は、ブータン王国の地理的位置から入り、九州ほどの大きさでありながら北の氷河がある7500m級のヒマラヤから南のジャングルに至る自然、約70万人が私たちの感じる便利さや満足感と違う、高い「幸福感」を追求して力を合わせながら暮らしている様子が語られました。

10年前に立憲され王様主導から国民主権の民主主義国家となったこと、チベット仏教の修行の厳しさと輪廻転生の教えに添った人々の殺生をしない生活習慣、未だに牛が田畑を耕し、学校へ子供たちは正装で1時間もかけて歩いて行くこと、国語以外は英語で教育が行われていること、食事はご飯に枝豆やチーズと唐辛子を混ぜたものをほぼ毎食それだけを食べていることなどが、スライドと共に分かりやすく紹介されました。

生徒からは質問が2つもあり、関心の高さが伺えました。45分間という短い時間でしたが生徒達は、異文化理解や豊かさについて考えるなど、刺激的な時間になったのではないかと思う。


◆ 市原市八幡公民館で「中東で過ごした2年」の出前講座を行いました

1月11日(水)市原市八幡公民館において25名(女性14名、男性11名)の参加者を対象に、中井邦夫会員が標記の演題で講演を行いました。同会員はヨルダンに赴任し、2大学で2年間品質管理について教授しました。

同国は人口760万人で、ヨルダン人30%、パレスチナ人70%、イスラム教徒93%、キリスト教徒7%で構成されています。イラク、シリアの難民を100万人も抱え込んでいます。

まず同国における人々の暮らし、住居、食べ物、等の生活情報をたっぷりと説明し女性軍を満足させ、次いで専門の話はさらりと切り上げ、多くの人の関心があるヨルダンや中東の政治や難民の問題に多くの時間を割いて好評を博しました。

生徒の副読本、国連救済機関、新聞記事、難民キャンプなどの写真を多数用いて、公民館から求められた[人権:世界の情勢を知って生き方を考える]という難度の高いテーマを見事な話術で話されました。話の内容は、全体としてとてもバランスのよいものでした。活発な質疑応答も行われ、参加者は本講座に満足の様子でありました。


◆ 平成28年度第3回JICAボランテイア千葉県庁表敬訪問

12月19日(月)に平成28年度第3回JICA青年海外協力隊とJICAシニア海外ボランテイアによる千葉県庁表敬訪問が行われ当会の会長が参加しました。帰国の表敬者は青年海外協力隊が1名とシニア海外ボランティアが1名の計2名、出発の表敬者は青年海外協力隊が16名とシニア海外ボランテイアが1名の計17名でした。シニア海外ボランティアの濱崎丘さん(チリ、環境行政)が帰国の表敬訪問を、村田佳聡さん(マーシャル、コンピューター技術)が出発の表敬訪問をしました。

表敬訪問者の一人一人が挨拶し抱負を述べ、最後に千葉県庁総合企画部遠山部長が帰国者をねぎらいました。また出発者には十分に準備をして出掛け、現地で楽しく活躍し、希望の種を植え付けてきてほしいと述べ、努力により必ず希望はかなえられると激励しました。


◆ 袖ヶ浦市平岡公民館で「人生の扉・海外ボランティアで得たこと」の出前講座を行いました

12月3日(土)袖ヶ浦市平岡公民館において、15名の参加者に、児玉東洋会員が「人生の扉・海外ボランティア活動で得たこと」というテーマで、出前講座を行いました。

講師は、チュニジア共和国での活動(大学での水処理の研究指導)を終えた後、これが人生で最も充実していたと感じ、再就職後、ドミニカ共和国で再びボランティア活動を行いました。東日本大震災の直後に赴任した際、現地の「日本人は、困難に遭遇しても約束を守るのですね。」という歓迎の言葉が忘れられないとのことです。ドミニカ共和国では、中小企業を対象に、廃水処理の技術指導をしたものの、日本で培った最新の技術は役に立たず、基本に立ち返る必要がありました。また、日本から移住された方々との交流も思い出深いと話されました。

現地では、文化、言語の違いから、コミュニケーションに苦労したものの、試行を重ね「ピカチュウ折り紙」を考案して活用したところ、人とのつながりも広がって、スムーズに活動できたと、サンプルを見せながら話してくれました。

活動を通じて、特に若い人たちに伝えたいことは、①海外見聞の勧め。②国際人になる。③資格取得の勧め。の三点とのことです。

最後に、「生涯の目標として、1%だけでも誰かのために生きてみようという気持ちがあると、充実した日々が送れると思う。JICAシニア海外ボランティアという人生の新たな扉を開いてよかった。」という言葉で、締めくくりました。


◆ 袖ヶ浦市平岡公民館で「大洋州におけるボランティア活動」の出前講座を行いました

10月15日(土)袖ヶ浦市平岡公民館において20名(女性14名)の参加者を対象に、渡辺 章会員が標記の演題で講演を行いました。

大洋州5年(パプア・ニューギニア3年、ミクロネシア2年)、アフリカ7年等の活動経験のうち、主としてミクロネシアにおけるJICAシニアボランテイア活動について講演を行いました。

同国は900の島(人の住んでいるのは55島)よりなり、人口は10.8万人である。かつて日本が委任統治したので日本の影響は強く残っており、人口の30%には日本人の血が流れているそうです。

講師の専門はマラリア対策と国際保健で、日本が提供した千トンの船で主要な島々を巡回し予防接種の方法と公衆衛生対策などを指導しました。各種のマラリアの症状の説明のほか、アフリカにおいて日本企業が無償提供した防蚊薬を浸み込ませた蚊帳で、年間150~200万の犠牲者を半減させた感動的な話も披露しました。講師は多数の美しいスライドを用いて、医療活動の状況、同国人との心温まる交流、現地の生活、食べ物などを説明し、聴衆を魅了しました。


◆ 柏市第七小学校で「パラオの素敵な人々」の出前講座を行いました

10月14日(金)柏市第七小学校において6年生106名を対象に、中村時夫会員が「パラオの素敵な人々」のテーマで出前講座を行いました。

パラオは日本が25年間委任統治したこと等により日本の文化風習や多数の日本語が残っており大変親日的で、かつては3万人の日本人が居住していました。

講師はパラオ教育省で学校運営に従事され数学のカリキュラムを作成された。九九のテストを行い計算間違いの多い事が判明したので、生徒と先生の数学のレベルアップを図りました。

講演に先立ち、下調べと質問を記載したアンケート用紙を配り、予め生徒の興味を喚起させ講演中も生徒に発言するように誘導しながら話されました。

多数のスライドを用いて数学教育の指導状況、現地の人達の生活の様子や彼等との交流を巧みに語り、1時間の講演中生徒は飽きることなく熱心に講演を聞きいっていた。最後に大きな心を持って海外に行こうと生徒を激励された。元学校の先生だけあって小学生を相手とする講演のお手並みは見事でした。


以上