レポート: モンゴルの現在と未来             佐藤 聡

1.今のモンゴル

モンゴルといえば、昔がチンギスハーン、現代は朝青龍という以外思いつかない人が多いと思います。

人口が一極集中している首都ウランバートルを一歩郊外に出ると、青い空とのどかな草原の中を、曲がりくねった道がどこまでも続いています。(雨が少ないのできれいな緑と言えませんが、初夏・雨の季節になると木々や草が一斉に緑色に変わります。)北部にはロシアに続くタイガ地帯があり、東洋のスイスといわれるフブスグル湖から流れ出した水は、セレンゲ川を下りロシアのバイカル湖に注ぐ自然が豊かな国です。 2008年の夏、中西部にあるテルヒーンザガーン湖にキャンプに行く機会がありました。人工物のない自然のままの湖、数えきれないほどの数の満点の星空、湖畔の山影から昇る朝日などを眺めていると、日本では味わうことができない壮大な自然の素晴らしさに見入ることができました。

一方、真冬は−30℃以下になり、厳しい寒さが続く数か月は、冷凍庫の中での生活になります。しかし、ビルやアパートは、熱併給発電所から温水が市内中に供給されていて、快適な生活を送ることができます。ただ、アパート群の周辺にあるゲル地区ではその整備が遅れているため、暖房や炊事用に使用されている石炭の煙で、冬場の大気汚染は深刻になっています。

2.第4火力発電所での仕事

配属された第4火力発電所は、1983年に運転が開始された旧ソ連製の発電所で、モンゴルの電力70%とウランバートルの暖房用温水供給の65%を供給する基幹発電所です。1991年の旧ソ連崩壊後に日本の援助が開始され、これまでの5回におよぶ援助によって、多くの機器が更新されています。2008年4月から2010年3月まで、その保守技術の移転と部品補充方法の指導を行うため、シニアボランティアとして派遣されました。

援助の初期に設置された機器の多くは今でも使用されており、交換部品や消耗品の補充が必要であることから、多くの部署の担当者の求めに応じて、交換部分の特定方法、購入先の選定方法、修理方法などを指導しました。特に現場の若い職員とも同じ視線で仕事をするように心がけました。職員食堂で食事をする時は、片言のモンゴル語でも楽しくコミュニケーションを取ることができました。仕事だけでなく日本では今はほとんどみられなくなった配属先全体の諸行事(ナーダムという夏祭りや旧正月の行事など)に積極的に参加し一緒に楽しみました。職場での一体観が生まれ、楽しく2年間過ごすことができました。写真を撮ってあげると非常に喜びます。今、それを見直しているとその時のことを鮮明に思い出します。

私が第4火力発電所で過ごし、最も心に残ったのは、15年にわたり発電所の指揮を執った前社長が「一番苦しい時に真っ先に助けてくれた日本への感謝を決して忘れてはいけない。いつまでも日本に頼らずモンゴル人がもっと頑張るべきだ」と口癖のように言っていたことです。

3.モンゴルの未来

先月行われた議会選挙によって新たな体制ができ、南部の鉱山開発が大きく進展していくでしょう。電力と温水供給不足を補うため、30年ぶりに新しい発電所の建設計画が具体化しつつあります。日本の援助で新しい空港も整備されることになっており市民生活も豊かになっていくでしょう。しかし、旧ソ連を中心とした共産圏は消滅したものの、エネルギーなどはいまだにロシアに依存しています。一方、南隣りの中国には経済的には依存せざるを得ない状況です。第三国としての日本の存在に大きな期待を寄せています。特に、エネルギー分野をはじめとするインフラ整備や日本の優れた環境対策技術をまだまだ必要としています。

SVとしての2年間の経験は、自分にとっても人生のエポックメーキングでもあり、在蒙日本人だけではなく発電所スタッフはじめ多くのモンゴルの方々ともいまだに交流を持っています。これからもそのつながりを大切にしていきたいと考えています。

以上


第4火力発電所

発電所見学者の案内

カウンターパートと

配属先の人達と(ナーダム)

テルヒーンツァガーン湖

フブズグル湖に昇る朝日

乗馬体験

帰国留学生との交流登山

遊牧民の家族

遊牧民の生活

新年を迎える飾付け

こちこちに凍ったズボン