トンガ王国の日本語教育

 2010年1月から2年間「トンガ教育・女性・文化省 教育課程開発部」に配属になり、「トンガ人のための日本語教育事業の確立と発展に向けた支援」という要請内容で活動した。トンガの生活・文化などについては同期の吉原久雄氏の2回にわたるレポートで紹介されているので、今回は「トンガの日本語教育」を中心に報告する。

1.トンガの教育制度の概要

幼児教育 未整備。1,2年預かる施設が出てきた。
教員養成学校で「幼稚園教諭」の養成が始まったばかり。
小学校(義務教育) 6年制(5~10歳)*落第あり、*6年生で修了試験 *政府系・教会系
高等学校(義務教育) 6~7年制(11~17歳)*落第あり、*5・6・7年生修了試験 *政府系・教会系
大学 大学はない。7年生を修了した者のみ、海外の大学進学への道がある。
上級学校

1~3年制(17歳~何歳でも)
教員養成学校、職業訓練校 *政府系
IT関係、宗教関係 *教会系

*「落第あり」と「修了試験」

 トンガは、170の島からなり、そのうちの52島に人が住み、4つのグループに分けて統治されている。小学校は島ごとにあるが複式学級が多く、教育のレベルにかなり差がある。また高等学校(日本の中学校と高校が一緒になっている)は、4つのグループの州都に政府系教会系の学校が数校あるが、小学校同様、習熟レベルに差がある。このような理由から、小学校時から、成績の如何によっては同じ学年を複数年やる(落第)ことになっている。子どもも親も「成績が悪いのだから仕方ない」と納得しているようだ。また卒業時には必ず全国共通の修了試験が義務付けられており、合格しないと進級できない。試験の作成・採点は筆者の所属先が受け持ち、試験日程の決定、試験用紙の管理及び各校送付、試験官の派遣、そして試験の合否判定などは、「試験課」が受け持っている。

*「政府系学校」と「教会系学校」

 トンガには、政府系と教会系の2種類の学校がある。政府系とは、日本でいう公立の学校のことで、教会系とは私立学校ということになるが、すべてキリスト教会が運営しており、その教会の宗派別に実に多くの教会系学校がある。政府系は筆者の所属先が作成している教科書を使うが、教会系は独自の教科書を使ってもよい。しかし政府系も教会系も修了試験は一緒に行われ、評価も「試験課」が行っている。私立と言っても教会系の学校も授業料等はなく、各宗派の教会が支出している。


政府系小学校

政府系高等学校
教会系高等学校の一つ

2.トンガの日本語教育

①.歴史 「26年前に王様の一声で始まった日本語教育?」

 トンガの日本語教育は、1986年ババウ島に初めてできた政府系高等学校(ババウ高校)で選択教科として導入された。ババウ高校は、日本の無償援助で建てられた学校で開校時に当時のトンガ国王ツポウ四世が「日本が建ててくれた学校なのだから、日本語を勉強をするように。」と言ったことからスタートしたと語り継がれている。  
 その後、本島のトンガ高校(政府系)、アテニシ学院(教会系)、ツポウカレッジ(教会系)、クイーンサロテ高校(教会系)、エウア島のエウア高校(政府系)などで導入され、JICAから派遣されるボランティアだけでは指導者が足りなくなり、2002年トンガ教員養成学校に日本語教師コースが設置され、トンガ人日本語教師の養成が始った。

②.現在  「約250名が日本語を学んでいる」

 現在、本島ではトンガ高校、トンガカレッジ(政府系)、セント・アンドリュー高校(教会系)、ババウ島ではババウ高校とタイルルカレッジ(教会系)、エウア島ではエウア高校の6校で3年生から6年生までの約250名が日本語を学んでいる。指導者はJICAの青年海外協力隊4名、トンガ人8名の合計12名である。教育省配属のSV(1名)は、彼らの指導的役割を持ち、定期的にワークショップを開き、トンガ人日本語教師のレベルアップ等に取り組んでいる。


日本語教師ワークショップ

③.日本語関連行事の運営

(1)Japanese Week

  日本語の授業を行っている各高等学校では1年に1,2度「Japanese Week」と称する日本及び日本語を紹介する行事を行っている。内容は、舞台での日本語履修生による日本の歌や踊りの演技、フリー参加のゲーム、ファッションショー(浴衣など)、校庭でのミニ運動会、お昼の日本食販売(カレー、おにぎり、巻きずしなど)などがある。当該校の日本語教師だけでなく、他校の日本語教師も応援に行き、この行事をサポートしている。

(2)日本語発表会(スピーチコンテスト)

 2010年から始まった新しい行事で、その内容も毎年改良を加えている状況である。1位になると独立行政法人「国際交流基金」による2週間の日本研修に招待される。基金の招聘条件に「満18歳以上の者」とあるので、高校生にとっては年齢が若いため参加の希望があっても出場できないという課題もある。昨年度からは学年別の発表も加え、将来本戦に出場するための能力向上と意欲付けの機会としている。

④手作りの日本語教材  

 トンガの高校では日本で出版されている日本語教科書をそのまま使用することはできない。なぜならば文化・習慣等の違いにより話題や語彙に不適当と思われる個所が多いからである。(たとえば「電車」「自動販売機」「横断歩道」等トンガにないものが載っている)そこで1991年各校に派遣されていた青年海外協力隊が定期的に集まり多くの時間をかけトンガ人用の教科書を作った。現在もその教科書を土台にシラバスを見直し、日本語教師部会で改訂を重ねて使用している。2010年には第4次改訂が行われた。その時トンガ人日本語教師から「教科書準拠の音声教材がほしい」という要望があり、2011年には4冊の教科書すべての音声教材を初めて作成した。


4次改訂教科書

現地新聞に載った改訂記事

音声教材の作成

⑤これからのトンガでの日本語教育

 トンガには日本企業もなく、日本人と言えば大使館とJICAの職員やボランティアが約70名、在留邦人が約5名である。日系トンガ人の家族もいるが、もはや現地に同化しており日本語を話す者はいない。
 「日本語を勉強しても活用する場がない」・・・日本語ニーズの希薄な国での日本語教育は、学生にどのように学習意欲を持たせるかが大きな課題である。
 しかしトンガ人の多くは、日本人が大好きである。約40年にわたり地道に援助をしている日本や日本人に感謝の気持ちを持っている。そういう意味で彼らは日本に大変興味があり、機会があれば日本へ行ってみたいと望んでいる者も少なくない。
 またラグビー留学(高校生・大学生)やラグビー就職(社会人)で日本に来ているトンガ人も相当数いる。最近では日本の大学が奨学金を出して、トンガ人に日本で学ぶ機会を与えているところも増えてきた。
 これまで日本語の授業は6年生までしかなく、大学進学を希望する学生にとって選択しにくいという現実があったが、来年度(2014年)から待望の7年生の日本語の授業がスタートする。これにより日本語及び日本文化を学ぶトンガ人の若者がさらに増えるものと確信する。
 彼らの学習を支援し、進学・就職の機会を広げ、日本・トンガの友好がさらに深まる架け橋となるよう育成することも今後のトンガでの日本語教育の役割の一つではないかと考える。

(2013年12月)

以上