レポート 「タイでの病虫害管理指導」            岩谷 宏司

「タイの食べ物は安くて美味しいけれど残留農薬は大丈夫ですか?」との質問をよく受けた。農薬の残留基準はそれを一生食べ続けた場合の数値に基づいているので、偏食せずに、旬のものをいろいろと食べている限り心配することはないと思われる。価格の高い野菜は避けた方がよいだろう、それは栽培のどこかに無理があるからだ。母乳からダイオキシンが基準を超えて検出されたケースでも、まだ詳しく解明されていないダイオキシンの毒性よりも授乳を止めてしまうリスクのほうが大きいと日本の専門家は冷静に判断している。

農薬の使用を減らそうとするタイ政府の政策に反して、農薬の輸入量は年々増加し、野菜で残留農薬が検出される割合は 60-88%、 6.0-3.5%は基準値をこえている。 有機栽培、無農薬の表示もあまりあてには出来ないという ( Bangkok Post 2003/7/7)。高温多湿の南国タイでは、散布された農薬は一般に分解し易いと考えられている。それにも拘らず、どうしてこれほど高い比率で農薬が検出されるのだろうか? 有機栽培の野菜からも農薬が検出される理由として、1)天然活性物質と称するものに成分として合成農薬が入っている2)農薬を使うまいとして散布適期を失し、余計に農薬を使ってしまう 3)虫のリサージェンス(異常増殖)や薬剤抵抗性の発達などが考えられる。

タイには「どんな作物・病害虫に対して、どの農薬を、どんな濃度で、何回、収穫前何日まで、どのように使用するのか」といった安全使用基準に関する情報が全く無い、少なくとも農家にはそれが伝わっていない。残留基準設定の根拠となる残留分析という大切な作業がスッポリと抜けてしまっているのかもしれない。そう考えると新聞に報道された「野菜の農薬汚染」の背景が見えてくる。

「合成農薬に頼りきっている現代農業はどこかおかしい」と誰もが気付いている。だからと言って「農薬の使用を止めれば全て上手く行く」と考えるほど農業を取り巻く環境は甘くない。 害虫管理の現場では天敵の保護と共に分解しやすい殺虫剤を上手に使うことを奨めている。 新規で、任期1年、延長なしの条件で受けた要請課題「植物害虫の生物学的管理」、 SVに出来ることは限られている。 JICAからの支援があろうが無かろうが、自分たちが取り組むべきテーマはなにかを考えて欲しい。その方向性さえ間違えなければ、科学的取り組みの第一歩になるかもしれない。

  1. 害虫防除の問題の掌握と解決の科学的手法を確立する。
  2. 害虫(ミカンキイロアザミウマ)と天敵(ヒメハナカメムシ)の大量飼育と室内 試験を実施して科学的な取り組みの面白さを体験する 。
  3. 科学文献・資料を調査して、生物的防除・IPM(総合的害虫管理)の現状、農薬のリスク管理について、その考え方と解明しなけれならない課題を学ぶ。

昆虫の生態を自分の目で観察、作物を使った長期間の実験に参加することによって科学的な考え方が根付いて行く。 厳しく変遷する農業環境の下で、しぶとく生き延びてきたであろう土着天敵の活用に焦点をあててみた。 平面的な知識学習に対して、害虫、天敵、作物が絡み合う三次元の世界、そんな科学実験の迫力を伝えたい。試験問題をロクに考えずに答えを求める、そんな危うさを覚えつつも自立を目指すタイの若い教官、学生たちに期待している。

ドリアンに寄生するコナカイガラムシ(食品スーパー売り場にて) 虫の飼育を始めた学生達 キュウリ貝割れ苗を使った室内 試験、これで3週間の虫の観察 が可能になる
セミナーに参加した先生と学生 たち PC 、Power Point 、プロジェクターを完備した講義室 ペストコントロール・センターでは天敵を増殖して農家に配布しているが・・・

以上