エルサルバドルで活躍中!

首都サンサルバドルの南約20kmに位置するパンチマルコで毎年5月の第一週に催される花祭りは、地味なフェスタばかりのエルサルバドルでは珍しく華やかである(左)。 白亜の教会はパンチマルコの象徴であり、町全体をちょっとスペイン風に見せている(右)
エルサルバドル名物のププサ。
なんか「おやき」っぽい。
配属先で恒例のスタッフの誕生日を祝う昼食会。
アットホームな雰囲気の配属先である。

国立エルサルバドル大学の日本語クラスが毎週土曜日に開催している「日本語公開講座」で 1時間の枠を貰って日本文化を紹介している。これは青年海外協力隊隊員と始めた 月1回の書道教室。受講者は興味津々で隊員も熱が入る。


配属先での活動風景。私の活動の柱はOJTを通しての下水道整備計画の技術移転である。 受講者は真剣そのもの(左)。JICA指導の安全対策として銃器を携帯した警備員あるいは地元の警察官に守られてのプロジェクト現場での実地訓練(右)



エルサルバドル便り                     寺島 得司

ラテンであってラテンでない国? それが私の任地エルサルバドルである。

ラテンの代名詞になってしまった「犯罪」は中南米1,2の発生率を記録してるが、これは今や世界的に有名になった犯罪組織「マラス」等の一部の人間が引き起こしている事で、多くのエルサルバドル人は人懐こく親切である。またラテンと言えばバカ騒ぎがつきものであるが、この国では無縁である。人々は陽気ではあるがバカ騒ぎはしないし、パーティーも夜中までのドンチャン騒ぎはない。レストラン等で大騒ぎをする人間がいると、周りが冷たい目で見ていて、なんとなく日本人に似ている。

そして多くのエルサルバドル人は日本・日本人に対して好意的であり日本びいきですらある。折り紙に凝り折り紙の本を読みたくて日本語を学ぶ青年、盆栽が好きで何時の日か日本に盆栽の勉強をしに行きたくて日本語を学ぶ女学生等々、アジア諸国で有り勝ちな日本円に対する魅力の為の日本への憧れだけではないのである。

エルサルバドル人を我が家に招いての「日本食まがい」のパーティーでは彼らの日本への興味が頂点に達する。食べるのは勿論、彼らはその料理方法等をしつこい様に聞いてくる。これは決して豊かと言えない彼らの食文化の反面なのだろうか? 彼らの食生活の主役はププサ。米やトウモロコシを捏ねて平らにした後、中に大豆の捏ねたもの、すり潰した豚肉、チーズをいれて一旦は団子状にしてその後手の平でたたいて平らにして鉄板の上で焼く日本で言う「おやき」や「お好み焼き」のようなもので、酢キャベツを副食に辛くもないチリソースをかけて食べる朝食・昼食の主役である。このププサ、鉄板の上で焼くと言うより油で揚げてると言ったほうが適切なほど油を使う。しかも良質でない油の為もあり、エルサルバドル人の多くは立派な体格をしている。しかもよい事か悪い事か?こちらが心配する程その体型を気にしている様子が見られない?

また中南米と言えばフェスタ(祭り)、そのフェスタも音楽隊によるパレードが主体で中南米のフェスタでは付き物の仮面を被って街を踊り歩く事はない。これは中南米の先住民であるインディオが歴史的に迫害されわずかの人口としてしか存在する事ができなくなり、彼らの伝統文化が受け継がれて来なかった結果であろうか。

そう言えばエルサルバドル国内で一部の地域を除きインディオに出会うことは稀である。インディオへの迫害と伴にエルサルバドルは不幸な歴史を背負っている。それは1980年から始まった12年間およぶ世界的にも有名な「内戦」である。この内戦は国の政治・経済・軍事までも支配していた一握りの富豪と大多数の貧農層との歴史的な軋轢が招いたものである。富裕層の代弁者である独裁的な政権に対して、現政権の母体であるファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)が武装抵抗で立ち上がったが、死者8万数千人を出し悲惨な結果で終結した。陽気な中にも何か他人ととことん交われないエルサルバドル人、今でも心の中にこの「内戦」を引きずっているのだろうか?

このようにラテンらしくない任国で私が配属されたのはエルサルバドル上下水道公社、頭文字をとって通称「ANDA」と呼ばれている。国内の上下水道の元締めである、といっても全ての自治体の上下水道を賄っている訳ではない。自治体によっては自治体が管理する水道もあれば、自治体とANDAが混在して管理する水道もあり、まさしく途上国の象徴である縦割り社会の縮図を示している。

水道に関しては都会ではそれなりに普及・整備されているが、地方はマダマダ、いわんや下水道については唖然とする様な状況である。下水網が整備されている地域でも、その多くが処理場がなく下水を河川に垂れ流している。またこの垂れ流されている河川は雨水の放流先でもあり始末が悪い。

この配属先から私が要請されているは「下水道整備計画」つまり下水道網や下水処理場建設計画の技術移転である。配属先の職員は概して真面目で勤勉ですらある。彼らは貪欲に技術を習得しようとしているが、残念な事に計画倒れになってしまう事が多い。その原因の一つが「財政不足」である。しかしながら私はこの国が貧しいとは決して思わない。それどころかもはや途上国の一員ではないとすら思っている。

中米で最も国土が小さく最大の人口密度を誇る国、人材的には恵まれるものの資源には恵まれずほとんどの生活物資を近隣諸国からの輸入に頼らざるを得ない国、「救世主」を意味する国名をもつこの国が、果たして中米のあるいは世界の「救世主」となれるのか?この国の将来を見守って行きたい。

以上