思い出の写真

RITラチャモンコン工科大学キャンパス全景
(凡そ2km四方)
大学での講義風景、 教室には国王と王妃の写真があり、建物内では素足です。
CIM 教育設備:立派な物でも床の間の置き物でした・・ 技術指導で設計、試作が完成した器械
卒業写真撮影風景、 炎天下でこんな姿をします。終わるとワイシャツまでびしょ濡れ。 最後のお別れ食事会

レポート 「タイ王国でのメカトロニクス教育」           大田 眞土

派遣先はラチャモンコン工科大学で、工学部機械工学科でメカトロニクス教育の高度化支援で任期1年の仕事です。メカトロニクスと言う言葉の広さを考慮して事前準備をしましたが、要請書の文字どおりCIM(コンピュータ援用生産システム)の教育およびPLC(プログラマブルコントローラ)教育を充実させたいとの狭い範囲の希望でした。

このような職業訓練的な内容を大学で教育する理由は、タイでの急激な工業化に伴い生産設備担当技術者が不足している事、タイ企業の中で日本のように社内で教育する能力が低い事、この大学が職業訓練校の性格を残し各地の訓練所の教員を養成する役目も持っていることなどがあげられます。しかしそのための設備や教科書があっても、講師陣がこれまで関連する技術が発展してきた歴史的背景を理解していないので、学生に教育する事が出来ず、日本のこの道の卒業生を派遣要請したわけで、設備を見る限りものづくり関連にはなかなか力が入っている大学です。

ところが実際の現場に入ってみると、技術を移転しようとする講師達が、皆気の毒な事に大変に忙しいのです。勤務時間の半分が講義や実習指導を、空いた時間には卒業研究の指導もあり、所定の期間学位取得の為国外・国内の大学に留学している者がいて、その穴埋めに専門外の授業を受け持つ者等様々で、自分の専門を深める研究や、進歩する技術をキャッチアップする学会活動などに十分時間が取れていません。また産業の発展(特に外国資本の投資による生産工場の増大)に大学による人材育成が追いつかず、同じ理由で各大学が拡張をおこない、次々実力をつけた教官が昇進して行き、講師陣がますます手薄になっている状況です。

後最初の仕事が機械の設計指導です。主業務ではないが緊急を要する予算消化期限があり、主要な購入機器の選定を指導する事でした。助教授(注:いまだに不明ですが、この大学では学長でも助教授で、知る限り一人他学科に80歳の現役で指導する教授がいました)が持ってきた、企業支援の予算で、講師が学生を指導しながら機械を作ろうとしていました。

工業製品の部品加工をおこなう加工設備を、メイドインタイランドにしようと言う事で、輸入品のモータや送りねじと、ガイドレールを買うだけの予算を知って驚き、生産能率は最低限で妥協し学内で製作できる部品レベルでまかない精度は組み立て技能に依存する、この設計プロセスを講師に教育をしました。現在彼は構造部品設計を学生に教えています。

一方さきのPLCでは、日本製PLCが実習室に準備され、結構立派なタイ語の教科書もあります。しかし学生にPLCの概念を理解させる事を困難に感じている講師の意見で、より多くの制御事例を紹介するように依頼され、受講する学生の関連する講義課目などを調べ、機械制御の発展段階や、PLC登場の必然性、応用具体例を示した補足教材を作って、講義と実習を行い講師に見本を示しました。

CIM教育ではその設備が事務室隣のガラス張りの部屋に設置され、故障直しが本音でした。設備および付属の文書類を点検すると、修理に必要な情報はまったくありません。必要情報をリストにして学科長に提出するだけが唯一私のできることでした。更なる支援の為任期の 1年延長を学校側が申請していましたが、予算の関係で延長が許可されたのは4か月で、完全に時間不足です。結局加工機械の試作が完了できずに延長派遣期間が終了してしまった為、一度帰国し今度は個人の資格で40日の個人ボランティアを務め機械を完成しました。

以上