スリランカ民主主義共和国での空手道の指導体験報告
  - 初めての海外ボランティアと長期(2年間)単身赴任 -     大谷 章助

シニアボランティア参加のきっかけは、平成16年(社団法人)日本空手協会で指導員合宿中にJICAの募集説明を聞き、平成18年に思い切って応募して、空手道の指導で参加できる事になりました。駒ヶ根研修センターでの35日間の合宿生活は学生以来で、久しぶりに楽しく過ごさせてもらいました。無事研修を終了し、平成18年10月3日任国のスリランカへ旅立ちました。

スリランカ国コロンボ市に到着、思えば遠くに来たもんだ・・・・。近代的ビルと貧困が同居する街、コロンボ。住まいは2階、リビング付の部屋で自炊をしていました。赴任の10月17日から毎週月、水、金に独立記念公園前にある体育館でナショナルチームを指導しました。指導中は写真が撮れないので集合写真ばかりです。

着任して2ヵ月後に高熱を発症。チクングンヤとデング熱を同時にもらっていました。このまま死ぬかと・・・。約2週間、毎日大家さんが食事を届けてくれ無事回復。その時、望郷を癒してくれたのが寝室前の屋根で寝る癒し猫でした。スリランカの自然に感動し、停電下でも続ける試合に驚き、平成20年1月からは毎週のようにテロがあり、そんな体験をしながら指導活動は出来ました。


ガルキッサのバス爆破

スリランカで行われる国際大会で、イランの女子選手が頭に布(ブルカ)を掛けて試合するのに驚きました。アジア大会など、公式な大会では認められていません。だからイランの女子選手は公式大会に出場していない事が理解できました。


国際大会でイランの先生と女子選手

私は空手道の指導者3代目でしたが、初めての試みとして、空いた日は学校や地方の支部へ指導にでかけました。学校は15校、地方は8箇所でした。 ロイヤル・カレッジ、オーストアジアスポーツクラブ、コロンボ港港湾会社、アーナンダ・カレッジ、JKAスリランカ支部、クルネーガラ、Kandy、日本人指導者初訪問のマヒヤンガナ、非常に貧しい地域で、2時間歩いて参加した少年達もいて、今後も交流をしたい地方です。

道着を持っていない子供が多数います。南の町マータラ、内陸のHorona、空港近くのネゴンボなどにも行きました。広域研修 カンボジア 同じ空手道で派遣された、カンボジア・北村氏、バングラディシュ・太田氏高浦氏 スリランカ・大谷で連絡し合い、カンボジアでJICA広域研修を企画し、2007年11月26日から12月5日まで、選手11名と役員、コーチを合宿につれて行きました。会場はプノンペン市で日本の援助で作られた日本文化センターでした。特に思い出に残るのはシェリムアップのSOS学校(孤児を集めた学校)で空手道部の少年少女と指導交流できたことです。


シェリムアップSOS学校指導講習記念

それから、是非行きたいと思っていたアンコールワット観光が出来ました。任国外旅行で2007年8月、空手のアジア大会を見学、インドは2008年1月、モルジブは駐スリランカ荒木大使の誘いで6月に空手道の指導に出かけました。 アラビア海に沈む夕日を見、マーレの海で朝日と夕日を楽しみました。


Sri Giriya壁画

各種交流 JOCVやSVや日本で交流をしました。JOCVの企画の応援、お手伝い。SVとの交流、日本文化祭のお手伝いをしました。2007年11月、一時帰国健康診断のためのはずが、空手・空手の毎日になりました。私の日本滞在に合わせてスリランカから空手関係者が2組来日し、連日そのお付き合いで交流のお世話をしました。2010年も続いています。2008年元旦の初日の出を拝む旅行、スリーパーダ登山は急な階段ばかりで体力、気力の必要な登山です。この登山は毎年続いています。スリランカの文化・キャンディーペラハラ、シーギリヤの壁画、ポーヤデー、学校(運動会、文化祭など)・原住民の村等々文化遺産や観光を楽しみました。


青年協力隊と交流

2008年9月17日から21日、元世界チャンピオンの国分利人氏を招待して最後の指導。千葉県出身ということで協力してくれ、元世界チャンピオンがスリランカに来てくれました。思い出の地マヒヤンガナに行ってもらい子供たちと交流、また、キャンディ市に全国から生徒が来て、指導会を行いました。最後に私だけでバティクロアで指導して来ました。

以上