レポート 「ボーペンニャン」                菊池 良一

「ボーペンニャン」という言葉を初めて耳にしたのは、レンタルハウスへの引越しの日でした。家主のBさんが、しきりに「ボーペンニャン、ボーペンニャン」と口にするのです。その日、引越し荷物を入れた後、お願いしてあった家具のチェックをしました。

「あれ、電気掃除機がないじゃない」「ボーペンニャン、ウチで使っているのを持ってくる。すぐ、新しいのを買ってくるから(結局、二年間使いました ) 」「ソファーもないじゃない」「ボーペンニャン、これから家具屋に一緒に行って、あなたの好きなのを選べばいい」遅刻をとがめても「ボーペンニャン」。食器を割っても「ボーペンニャン」。敢えて日本語に訳せば、「問題ない」「どうってことない」「気にすることないよ」という意味になるのでしょう。

一方、花束をもらい「どうもありがとう」と言うと、「ボーペンニャン」。知らない道を案内してもらい「どうもありがとう」の次に、「ボーペンニャン」とくるのです。この場合は、「どういたしまして」の意味でしょうか。
「ボーペンニャン」という言葉には、状況に応じて幅広い意味が込められています。それは、相手の気持ちの動きに配慮するラオス人のやさしい心根の表れなのでしょう。

日常生活だけではなく、仕事の場でも同じです。僕は、農林省で農業普及番組制作の指導をしていました。毎週月曜日、6:30~6:45放送の15分番組を作るのが僕たちの仕事です。日本で15分番組という場合、その長さは15分00秒のことです。ここラオスでは、15分前後であればいいのです。「えー、本当に大丈夫なの?」答えは、「ボーペンニャン」です。次に続くのは、教育省制作の番組で、二つ合わせて30分に満たない場合には、途中にコマーシャルやステブレ(放送局の告知)を入れ、越える場合は番組の終りをカットして帳尻を合わせます。また、編集機がふさがっていたりして、月曜日の放送に間に合わない場合があります。どうするかといえば、「ボーペンニャン」です。今まで放送した番組を再放送して済ませます。なんの支障もないのです。

僕たちは今、高度経済成長後の大量生産・大量消費がもたらした物質文明を謳歌しています。一方、それを支えた「効率とスピード」に偏った価値観を反省する時期を迎えています。家内と2年間すごしたラオスには、僕たちがどこかに置き忘れてきてしまった人情あふれる素朴な生活があります。「ボーペンニャン」は、ラオス人の心が込められた言葉なのです。

なお、活動の詳細やラオスの社会・経済・文化・歴史については、家内との共著『夫婦で暮したラオス~スローライフの二年間~』(めこん、04年、1500円)をご参照いただければ幸いです。


「農業普及番組 キノコ栽培法の撮影風景」

以上