思い出の写真


標高4300m付近から望むブータンで2番目に高いジョモラリ(7314m)。中央付近の谷間の灰色部分は氷河の跡。

手前は首都テインプーにあるタシチョン・ドン(ドンとは、かつては城壁であり、今では政府機関の建物でもあり、僧侶が生活する寺院でもある。)後方に広がるのは首都デインプーの市街地。

チベット仏教のお祭りであるツェチェでの仮面舞。これを観に世界各国から観光客が集まってくる。

ブータンの国技であるアーチェリー。130m先の的を目がける。正装を求められる為に民族衣装の"ゴ"を着用しての協議である。

民族衣装(男性は”ゴ”、女性は”キラ”)を着て学校に行く。後方は雪を被った中国国境のブータン・ヒマラヤの山々。

急峻なヒマラヤ山系に建設される道路は直線部分がほとんどない。この九十九折に比べれば”日光のイロハ坂なんて・・・

レポート 「農民の熱き願い・農道建設に携わる」  寺島 得司

最後の秘境の国 ” といわれるブータン王国。ヒマラヤ山麓の懐に抱かれ、九州の 1.3 倍程の面積に人口わずか 70 万人が住み、 NGH( 国民総幸福 ) を国是として、チベット仏教が人々の日常生活の根底となっている小国。顔型が私達日本人と酷似している人々人、その生活習慣・風景が何故か懐かしさを覚えさせ、この国は日本人のルーツではと思わせる。

この国で私と妻は 2004 年 10 月から 2 年間楽しくて有意義な生活そして SV 活動をエンジョイした。国の重点政策の柱である “ 基礎的経済インフラの整備及び農村部のアクセス・生産性の向上による所得収入の向上及び貧困対策 ” 。 私が要請された道路 ( 農道 ) 建設は将にその政策の目玉の 1 つであり、農民の熱き願いでもあるが、千葉県の様な平坦な土地に建設するものとは違い、日本では想像し難い程の急峻なヒマラヤ山系の斜面に建設する道路である。

着任後数ヶ月掛けて全国の建設中あるいは竣工済の農道を巡回し、予想以上の品質の悪さに愕然とした。品質の悪さというより、農道の多くは特に雨期には道路としての機能を期待出来ないのである。その主な要因は、未舗装で平均 10% 以上の急な縦断勾配、側溝や横断排水設備の不備、法面崩壊を招く急勾配の切土法面等である。

これらの要因を招いた原因としては、急峻な険しい地形条件そして不十分な予算枠が第一に挙げられるが、ブータン人土木技術者特に実施部隊の絶対数の不足・低い技術力・経験の無さ等の人的な面も指摘出来た。旧態依然とした測量方法、スケッチに毛の生えた程度の設計図、数量の照合が難しい積算書。これではまともな道路は出来ないと納得すると共に、私に託された課題の難しさを感じた。

ブータン人土木技術者に対する技術の伝承・教育として、路線決定の為の測量方法、そのデーターを使っての設計・図面化、そして積算に至る一連の流れを標準化して教えねばならない。しかも単なる講義ではなく実地での OJT を通して行う必要がある。測量方法としては、急峻な斜面・林立する樹木等の自然状況及び実際の施工の精度を考え測量の基礎であり最も簡単な水準測量及び補助的に簡易 GPS を使う事にした。設計・図面化には、測量で得たデーターを地形図作成ソフトに入力して等高線入りの地形図を書かせ、その地形図及び水準測量の測定値を使って AutoCAD で縦横断図及び平面図を作成する事にした。最後の積算作業には、AutoCAD 上で計算させた斜面長さや切土面積等及び測量作業時に現地で収集した積算に必要な数量を入力するだけで合計金額が求められるように、ブータン国の積算書を Excel 形式に変換にした。又、受講生は 2,3 人が望ましいが、出来るだけ多くの地方勤務技術者に OJT の機会をとの要請があり、 AutoCAD を使える条件に最大 5 名を限定にした。

2005 年 2 月、上記の測量方法で試験的に某県の耕作道路線決定作業を行い、準備期間を経て 4 月から本格的な OJT を開始した。 OJT は各県に出向き実際に計画されている農道建設現場で実施、その期間はその農道の距離によるが、短くて 2 週間長ければ 4 週間を要した。最初の数日間は現地で路線決定の為の測量を行う。 OJT 期間中でこの時が最も楽しく充実した日々である。農道完成後の受益者である農民の民家に泊り込み早朝から日暮まで彼らの協力を得て測量作業を行う訳であるが、農民も自分達の農道の線形が巻尺のラインで表さられるので解り易く一生懸命働いた。

農民の中には感の良いのがいて、設定した縦断勾配 7-8% の感覚をいち早く感じ取り先行して測量の障害物である樹木を切り倒す。 唯殆どの農民はそうは行かない。 彼らは生まれ育った自然環境の中、急峻な斜面は朝飯前と縦断勾配 20-30% のショートカットの路造りの名人である。人間が歩ける勾配は車が上り下り出来ると思っているのだろう。期間中農民は尊敬の念を持って私達に接してくれ、最終日には手を合わせ感謝の念を表して我々を送ってくれた。技術者冥利に尽きるとはこの事だろう。土木が政治の道具に成り下がった日本、土木の真髄が未だ残っているブータン。

測量が終わると県庁に戻り内業、コンピューター相手の面白くも無い作業が始まる。測量は勿論、設計図さえ見慣れていないブータン人土木技術者にとっては、高専・大学の授業以来のこの実務は未知の世界であり、全てがチンプンカンプンである。私の教え方が悪いのか?特に縦横断図の作成はかなり理解し辛いようであった。私は教え方に頭を抱える事もあったが、彼らの何とか習得しようとする真剣さが私を熱くさせた。実際これらの実務を通して彼らは確実に成長しており、日々の作業が結果として図面等に現れてくる事も彼らの意欲を掻き立てた。

OJT の結果として、約半数の受講生が何とかこの方法を会得し今後の活用が期待できたが、 50% の成果で果たして充分なのかと自問自答し、人に物を教える事の難しさを痛感すると共に、 1 日でも早い道路の完成を待つ農民の穏やかな顔が目に浮かんできた。焦らず着実に一歩ずつ一歩ずつ進むしかないのだろうと自分自身に言いきかせながら。


OJT の初期段階では、受益者である農民の 協力を得て急峻な斜面を測量し基本的な道路線形を決定する。足元は 30m 程の絶壁である。

設計・図面化及び積算作業に際して作業内容の説明を行う。県庁内では、民族衣装(男性:ゴ、女性:キラ ) の着用が 義務付けられている。

以上