思い出の写真


国花ブルーポピー

派遣先の農業省自然資源研究センター

自然資源研究センターの仲間たち

国王のオフィスで、ブータン仏教の総本山
「タシチョ・ゾン」

「チャム」と呼ばれる仮面舞踏

風にはためく「ダルシン(経文旗)」

タン村農家の家族

ブータン仏教寺院「プナカ・ゾン」

インド国境の町ゲルプ

ヒマラヤ山麓とヤクの放牧

レポート 「雷龍の国ブータン」             須郷 隆雄

1.雷龍の国へ

家族との別れを惜しみながら、ガラス越しに見えなくなるまで手を振り、一路ブータンへと旅立った。期待を胸に、大きな不安を抱え機中の人となった。バンコクで1泊し、翌日早朝デュルック・エアーでブータンのパロ空港に向け再び飛び立つ。1時間遅れであった。何のアナウンスもない。しかも搭乗口が変更されている。荷物は重量オーバーで1万円ほど徴収された。手続にやたらと時間がかかる。ブータンペースの洗礼を早くも受けたようだ。パロ空港は小雨。空港らしからぬ豪華な装飾と軒飾りの付いたブータン特有の建造物だ。ブータンに来たという実感が湧いてきた。JICAの出迎えを受け、首都ティンプーに向かう。山間に田んぼが棚田のように連なり、日本の農村風景を思い出させる。これもダショー西岡の功績かと見とれる。暫く行くと、土砂崩れの修理のため1時間待たされた。道端では牛が草を食んでいる。時間がゆっくり流れ始めてきた。カーブばかりで腸捻転を起こしそうだ。いろは坂なんてものではない。車酔いも手伝いグロッキー状態でティンプーに到着した。夜はブータンキッチンというレストランでブータン料理の洗礼を受ける。アラというブータン焼酎も飲んでみた。それほど抵抗感はなかった。標高2,400mと旅の疲れとちょっぴり緊張感も手伝って、泥酔状態でブータンの最初の一夜を過ごした。

首都といっても、誰かが「山間の温泉町のようだ」と言ったそうだが、言いえて面白い。そんな小さな町である。1日歩けばほぼ見終わってしまう。しかし山間の町、しかもこの標高、ちょっと歩いただけで息が切れる。夜は犬の遠吠え、ワンワンコーラスに悩まされた。こんな退屈な日々を1週間過ごし、目的地ジャカールに向かう。ブータン中央部にあるブムタン県の県都だ。県都といっても人口は1万足らず。2,000m上り3,000m下る。尾根越えである。その都度植生が変わり、針葉樹林から広葉樹林へ、上着を脱いだり着たり忙しい。1日に、春夏秋冬を味わっているようなものだ。これを3回ほど繰り返すと漸くジャカールだ。ティンプーから260km、9時間の行程である。途中で赴任先の所長の出迎えを受ける。まだ37歳だという。しかも博士とのこと。なかなかの紳士である。早速英語の苦汁を味わう。時間がタイムスリップしたような町だ。メインストリートには悠然と牛が歩く。犬が寝ている。小屋のような家が立ち並ぶ。砂埃が立てば、馬車こそ走っていないが西部劇の決闘シーンを思い出させる。ホテルは薪ストーブ、しかも停電。そのたびにろうそくに火をつける。テレビもない。ラジオもない。あるのは満天の星と深い闇、そして奈落に落ちたような静けさだ。これから10ヶ月ここで過ごすと思うと不安と憂鬱が渦巻き、逃げ出したいような衝動に駆られる。こうしてジャカールの1夜が明けた。

出勤初日。ネクタイスーツで正装し、緊張の面持ちで事務所に向かう。素晴らしい事務所だ。まるで王宮のような建物で、聞くとジャカール一、二という立派なものだ。役人天国の感がある。しかも職員が整列して出迎えてくれた。片言の英語で自己紹介をする。冷汗ものだ。それから宿の手配やら食事、大変な気の使いようである。しかも応接セット付の個室を与えられる。皆親切で礼儀正しい。中に日本に3年間、きのこの研究に来ていた人がいた。名前をドルジという。マッシュルーム先生と呼ばれている。初顔合わせのときは全くそのそぶりを見せず英語で通していたが、実は日本語がぺらぺらである。これで大分気が楽になった。地獄に仏とはこのことだ。毎日このきのこ先生に「お早う」と挨拶してから自分の部屋に入ることにしている。幸い私の向かいの部屋だ。自分で選んで飛び込んだ道だ。後戻りは出来ない。何となくやっていけそうな予感がしてきた。「渡る世間に鬼はない」何とかなるものだ。このブータンの彼らのために頑張るぞという勇気が湧いてきた。

2.ブータン国とは

ブータンはインドと中国に挟まれたヒマラヤ山脈の東端にあるチベット仏教の王国である。4人に1人が僧侶。人口は約70万人、九州とほぼ同じ広さだ。国語であるゾンカはチベット語の方言に近い。男性の衣装はどてらのような「ゴ」、女性は「キラ」を着ている。ブータン料理は、のどはヒリヒリ、舌はピリピリ、とにかく辛い。チーズやバターをふんだんに使う。沸騰した鍋に茶葉を入れ、塩とバターで混ぜたバター茶はとても飲めない。何処へ行っても、必ずこのバター茶が振舞われるのには閉口する。

国民の97%が幸福という「GNH(国民総幸福)」の国だ。開発と環境と伝統文化のバランスを考えた発展をめざしている。世界にも例を見ない不思議な国だ。
静かにマニ車を回し続ける老人を見ていると、意識は時空を超えて、遠い、しかし何故か懐かしいノスタルジックな世界をさまよい始める。そんな国がブータンである。

3.感じたままに

10ヶ月という短期SVとして農業省の自然資源研究センターに派遣され、農村調査や畜産組合の指導、農産物の経済的社会的評価を行ってきた。電気はない、風呂も無い、トイレは外、家畜との共同生活という農村部の生活を見るにつけ、極めて貧しい生活であるが、国民は幸せという。経済的に豊かな日本よりも、物質的に貧しいブータンのほうが幸せだ。物の豊かさが心を貧しくし、物の貧しさが心を豊かにする。幸せとは何かを考えさせられた。

ブータンは親日国である。ブータン農業の父と言われた西岡京治の功績は大きい。今でもダショー西岡と、親愛の情を込めて呼ばれている。若き国王夫妻の来日は、日本の若者たちの好感を呼んだ。

詳細はブログ(http://blogs.yahoo.co.jp/sugoutakao)に「ブータン便り」として掲載しておりますのでご覧ください。

平成24年6月8日
須郷隆雄